 

私は、頑張ってなろうとすることではないと思います。何も頑張らないことが幸せの人もいるでしょう。目標や目的があり、人はそこに向かって頑張っているだけでそこに辿り着くと幸せなのかはわかりません。辿り着いたところにも今は見えない困難もあるでしょう。もうすでに頑張っていることが幸せであり、今という瞬間を幸せに思うこと、感じることが出来なければ幸せの中にいても気付くことは出来ないでしょう。私は、日々日常の中で幸せを感じています。明日も幸せでいたいと毎日思います。自分が幸せでいるために今日もこうしているとも思ってます。
今現在、私の直属の部下が男女合わせて38名(調査員・相談員)おります。妻と子供3人おります。果たして皆は幸せなのだろうか?などと考えたことはありません。むしろ、考えたくないし考えないようにしています。なぜなら私が思うことではなく彼らが感じて思うことだからです。私を含めこの中の誰かが明日死んでしまうかもしれません。しかし、受け入れていかなくてはならないのも運命なのです。幸せとは感じ方であり、受け入れ方と思います。貧乏が不幸せとは限りませんし、金持ちが幸せとも思いません。よく「運」がいいとか言いますが、運も実力の内と私は思います。「はこぶ」と書いて「運」と読むように「運とは自分で運ぶもの」と思います。運ぶという努力をしていたのです。自分で何かを掴むために頑張ったのだと思います。
私は、今までもこれからもそうですが、身の回りで起きた現実は良いことも悪いことも全て自分の蒔いた種だと思い、それを刈り取るのはまた自分だし、誰のせいでもなく自分の責任だと思っています。また、自分しか出来ないことだとも思っております。そして私の仕事は、自分自身に対して何らかの責任を取ろうとしている方への手助けです。
この「運ぶ」という努力をしようとしている方と一緒に悩み、苦しみ、考え、行動し、目的を達成しようと・・・。
現実問題として別れさせ工作のご依頼を受けて、対象者の二人が別れても幸せと感じないご依頼者様もいるでしょうし、復縁工作を行い、対象者と復縁出来ても幸せを忘れてまた別れてしまうご依頼者様もいるのです。大前提として、解決策はご依頼者様の胸の中にあるのです。それを見つけてあげることも私の仕事なのです。それに気付かれた方と気付かない方では今後の「幸せ」の感じ方に大きな差が生まれてしまうのです。工作という仕事を受けて一番肝心なのはこの答えを共に見つけ出すことにあると私は思っています。万が一、工作が失敗に終わっても、この答えを見つけ出せたらある意味とても価値のある成功と思えるのです。もちろん工作が成功して、尚且つその答えに気付かれることが私の理想であり幸せなのです。
探偵・興信 AIサポートセンター 代表責任者 宮下 直紀 |